もやし工場(改)

壁打ちクソブログ

28歳OL、土地持ちになりかけた話①

死ぬほどどうでもいい報告なんですが、マクドナルド図鑑が欲しくて横にでっかい大人のくせにハッピーセットを20年ぶりに買いました。

ハッピーセットって子どもしか買えないと思ってたんだけど、普通に大人でも買えるんすね。びっくりした

マクドナルド図鑑自体はちゃんと図鑑してて読み応えあった📚

 

 

さて、唐突ですがあわや土地持ちになりかけた話をする。後学のためにここに書く。

文章がずらっと書いてあるだけなので、見てる側からするとめちゃくちゃおもんないけどそこは申し訳ない

 

この話をする前に、まずは私の人生と土地持ちフラグがたったときを語らんといけない。

まず、両親は私が2歳半ごろに離婚している。理由は(母から聞く限りでは)父有責での金銭的なものらしい。

離婚以降は母の「父家と繋がりができてしまうから」という意向で父からの経済的な援助はゼロ、女手一つで育ててくれた*1

これまでは父の顔も下の名前も知らなかった。ドラマティックに書くなら「生き別れの父」だが、現実は分厚い台本ほど感動的ではない。母からは父について「金をギャンブルに、歯をシンナーで溶かすクソ野郎」と聞いていたので、興味をあまり持てなかった。ただでさえ当時も貧乏暮らしで毎月小遣いをもらえるかもらえないかの瀬戸際なのに、小指の先っちょでも絡んだら更なる貧乏沼に漬かされると思ったからだ。余計なものは考えたくなかった。

 

そうやって「生き別れの父」に対する興味に蓋をしてから数年。私が23歳になったころ、父が母の実家に電話してきた。

曰く、父宅の土地を分割して一部を私に譲渡するがよいか?とのこと。譲渡した土地は売るなりなんなり好きにしてよいと。なぜ土地を分割することになったのかその頃はわからなかったが、売ったにしても雀の涙程度の金額だろうと聞いて一旦返事は保留した。

 

数日後、今度は父が母の実家に直接やってきたという。内容は土地譲渡の件だ。先日の電凸に呆れていた祖母は父の剣幕に激怒。土地はいらんのでさっさと帰ってくれと返したらしい。この話はすぐ母と私のもとに届いた。

母は父に対して今後実家へ直接凸したり電凸しないでほしい、もし連絡事項があるなら私にしてくれと自身の電話番号を伝え、ひとまず落ち着かせた。

私はというと、売却前提での土地譲渡を受けようと少し考えたがこの件を考慮し拒否することに決めた。売ってもたかが知れている金額だ、変に繋がりを持ちたくなかったのもある。母経由で土地はいらないと父に伝えた。

 

そこからまた数年経ち、おととしの年末年始。コロナ前の年末年始は沖縄にある母の自宅に行くのが恒例*2だった。

母の自宅に泊まっていた夜、Facebookの通知が1件スマホに届いた。友達申請だった。父からである。

Facebookは母もやっているし繋がっている。母あてに友達申請は来ていないし、そもそも私はFacebookにインスタグラムを連携しているので顔は載せていないものの、プライベートな内容がわんさかだ。気味が悪い。

そばにいた母にすぐ相談、申請は拒否とブロックをし、とりあえずスパム扱いで3回くらい通報しておいた

翌朝、母の実家に行き、祖母に一連の流れを報告。

「シンプルに気持ち悪いし、お母さん通じて土地要らんって拒否ったのに今更意味わからんやん。ネットでは完膚なきまで叩き潰しとこう」

という孫の発言に祖母は苦笑しつつも「そうね」と返してくれた。

 

2020年の年末までは母に父から不定期に電話がきていたようだ。母も仕事があるので基本的にはスルーしていた。

電話の内容はいつも土地譲渡の話だった。既に何度も母は私が拒否していることを伝えている。しかし父は娘から直接聞きたい、母は守銭奴だから(?)娘にいいように言っているんだろう…と疑心暗鬼していたと母は語った。

また、最初の電凸時に母は父だけじゃ埒が明かないと父方の母*3を出せと言ったらしいが、渋られたという。父方の父については既に鬼籍に入っているので出せるはずもなかった。

 

話が長くなってしまったので分割する。

 

続く

 

*1:小3~高2は再婚してたのでずっと女手一つ…というわけではない

*2:細かいこと言うと私自身は沖縄の血筋があるだけで実際住んでいたのはトータル3年もないので故郷感はあんまりない

*3:私目線ならもう一人の祖母